柔道整復師の“仁”に学ぶ

鍼灸マッサージの役割:共生からの考察

体験としての仁を学ぶには

「仏教の『さとり』とは実践を離れてはあり得ない」(中村,1992)。もしも、仏教の慈悲を取り戻すための入り口として仁の精神を学ぶなら、ただ儒書を読むよりも、体験例を介して学ぶ方が望ましいでしょう。柔道整復師は、柔道という武道を必修としています。この武道は、武士道が育んできた仁の精神を道徳として今に伝えています。

武道憲章では、「勝ってもおごらず負けても悔やまず」と謳われる。稽古や試合で互いの優劣を競い合う技を磨き上げるが、苦しい鍛錬が勝者を讃えるだけで終わるなら、武道は道徳を諭す規範となり得ません。勝つことを目標に精進しながらも、勝敗の結果という世俗の価値観を脱することで、他者への慈しみの表現を礼として、武道は人格を高める道になると拝察します。新渡戸(2004,p.11)は、封建制度のもとで道徳教育を担ってきたのは武士道だといいます。そして、「弱者、劣者、敗者に対する仁は、特に武士に適わしき得として賞讃」するとともに、「敗れたる者を安んじ、傲ぶる者を挫き、平和の道を立つること―これが汝が業」という詩句を添えています(新渡戸,2004,p.53)。


仏教の慈悲と武士道の仁の違い

武士道の仁は、仏教の慈悲と観念は類似しています。ただし、仏教が説く慈悲には弱者、劣者、敗者だからという区別も理屈も必要とはしません。仏教における慈悲は、「儒教における『仁』、西洋における『愛』…の観念とは非常に類似したものでありながら、…異なった意義内容を有することがある」(中村,2012,p.131)。「慈悲の立場を理論的に徹底せしめると、…倫理的帰結は、いうまでもなく、封建制社会の秩序と矛盾し、それを破壊するものであらねばならぬ。したがって封建的勢力の強固な支配の確立している社会において」身分的階位を超越する慈悲は、「社会運動のかたちをとって表明されることは不可能であった」(中村,2012,p.146)。

武田信玄は『碧厳録』七巻まで参禅修得し終えたところで、「巻十まで参禅し、大事を修得することは無用である。絶対知を体得して、世俗世界を捨て、隠遁を希求する心などが生まれるのはどんなものか」と抑止されています(甲陽軍艦)。「戦乱の中に生きた武士たちが仏教に強い関心をもいっていた」が、「同時に、彼らは余り仏教に深入りしてはならないことも戒められてもいた」といわれます(相良,1993)。


武士道の仁にみる弱点を補う

講道館柔道を創始した嘉納治五郎師範(以下「嘉納」と略す)は、「道徳を説くには、…誰人をも納得せしめ得る、根本原理に基づいて説かぬならば、真の徹底せる道徳は説き得ない。…仏教・儒教・キリスト教・その他、いかなる学派の道徳学説でも、必ず、この根本原理をば認めなければならぬ。即ち、…それは自他共栄ということである」と記しています(嘉納,1997)。藪根ら(1997)は、嘉納が著述した「『自他共栄』の意味に関する文献」には、「『自他共栄』と道家思想との関連を示唆するような文章もみられる」ことを指摘し、老子が説く「道」は「『慈しみの心』を持つものであり、『無形で変化する』、『何事にも固執せず、全くこだわりがない』という意味では、『柔』の極み的な存在」としています。

封建制度が育んだ武士道が説く仁は、仏教の慈悲が示すような誰もが分け隔てなく、自由に平等に共に暮らしていくための基礎となる人権を、道徳として表明することを避けています。そこで、嘉納は柔道を近代化するにあたり、武士道が仏教に深入りできず踏み込めなかった共生という人権意識の欠如を、仏教と相似する道家思想が説く慈しみの心をもとに、自他共栄によって補完したと思われます。中国では外国沙門(僧侶)の「世俗を捨てたその在り方は道家的隠逸の士として認められ」、仏教は老子「の教えと近似したものとして、漢人社会に受け入れられた」経緯があります(野上ら,1991)。


介護予防は新たな挑戦となり得る

柔道整復師がおこなう介護予防は、自他共栄により補完された武士道の仁を具体化する一例となるでしょう。柔道整復師にはマッサージ師と同様に、介護保険制度のなかで機能訓練指導員の役割が認められています(厚生法規研究会,1953)。根來ら(2005)は、「柔道の受身動作を基本とした」転倒予防体操を考案し、老人介護福祉施設の利用者および入所者を対象に、継続して指導をおこなったことを報告しています。柔道整復師が老いの苦悩を我が事のように感じ、仁の精神を携えて、誠をもって介護予防サービスにて礼をつくすなら、塞ぎ込んだ虚弱高齢者が再び社会との交流をもって質の高い生活を過ごす支えになるばかりか、その体験は柔道整復師の人格を磨き、見識を高め、慈しみ深い人物を育成し、より良い高齢社会をつくる礎になると考えられます。

柔道整復は柔術の活法に由来するもので、「日本古来(500年前)の柔術には『殺法』と『活法』があり、活法は傷ついた者の治療法、手当であり、骨折、脱臼、打撲、捻挫などの外傷を治すもので、出血、仮死者に対する蘇生法なども含まれていた」(小野澤ほか,2012)。ところが、柔道整復師が介護予防をおこなうとき、健康を取り戻した高齢者の喜びの陰で、宿命としての老いの苦しみや悲しみにも立ち会うことになります。加齢変化に抗しながら老病死と肯定的に向き合い、高齢者の社会参加を支援し続けることは、治癒を目標とする活法とは趣旨が異なり、柔道整復師にとって新たな挑戦になるといえます。


競合相手に学ぼう

柔道整復師による介護予防への挑戦は、鍼灸マッサージ師にとって耐え難い衝撃になるかもしれません。「1998年8月の福岡地裁における『柔道整復師養成施設不指定処分取消請求事件判決』以降、鍼灸専門学校の新設や学科の増設が相次いでいる」(箕輪・形井,2006)。鍼灸教育に規制緩和を与えた柔道整復師の動向は、マッサージ師の在り方にも変化を強いるでしょう。時任(2008)は、視覚障害者が「伝統的に『街の按摩さん』として定着し、自立・自営して来た治療院経営は非常に困難となりつつあります」と訴え、その理由の一つとして「柔整師による慢性症の『健康保険施術』」をあげています。そのうえ柔道整復師が仁の精神を掲げて介護予防をおこなうなら、この人間愛に満ちたサービスと競合するマッサージ師は、高齢社会における活躍の場を失っていく危険があります。

ただし、同じ医療類似行為として競合する面があるほど、互いに学び合う事柄も近く、また大きいと思われます。柔道整復師の介護予防への挑戦は、自他共栄により補完された武士道の仁を具体化する一例となるでしょう。その体験例を介した武士道の仁には、鍼灸マッサージが仏教の慈悲を取り戻すための学びの入り口になることが期待されます。この学びにみるように、自他の垣根を越えて共生の絆を結ぶことは、世俗の価値観を脱却し、仏教の慈悲を取り戻した証となるだけでなく、高齢社会において鍼灸マッサージが飛躍していくための力の源になると考えられます。


武道憲章:日本武道協議会(2007)日本の武道 日本武道協議会設立30周年記念.日本武道館,p.9.

嘉納治五郎(1997)嘉納治五郎「私の生涯と柔道」.日本図書センター,p.144-145.

厚生法規研究会(1953)厚生法規総覧34,指定サービス等の人員,設備及び運営に関する基準について,機能訓練指導員.中央法規出版,p.3561.

甲陽軍鑑:佐藤正英校訂訳(2006)甲陽軍鑑.筑摩書房,p.104.

箕輪政博・形井 秀一(2006)あん摩マツサージ指圧師,はり師,きゆう師学校養成施設の変遷と現状 特にその創立期に着目して.全日本鍼灸学会雑誌,56(4):p.644-655.

中村元(1992)ゴータマ・ブッダⅠ.春秋社,p.416.

中村元(2012)慈悲(4)講談社.

根來信也・岡田修一・根來直輝(2005)柔道の動きを取り入れた転倒予防体操の効果について.身体教育医学研究,6(1):p.39-47.

新渡戸稲造:矢内原忠雄訳(2004)武士道(82)岩波書店.

野上俊静・小川貫弌・牧田諦亮・野村耀昌・佐藤達玄(1991)仏教史概説 中国篇(18)平楽寺書店,p.17.

小野澤昭雄・天野達也・竹内仁・市ヶ谷武生・朝倉勇人・佐野秀明・加藤ゆかり・植屋清見(2012)平成23年度帝京科学大学医療科学部柔道整復学科(山梨市キャンパス)における広報活動.帝京科学大学紀要,8:p.169-178.

相良亨(1993)武士の倫理 近世から近代へ 相良亨著作集3. ぺりかん社,p.109.

時任基清(2008)国連障害者権利条約による雇用問題について…視覚障害者の立場から…,第4回労働・雇用分野における障害者権利条約への対応に関する研究会資料.厚生労働省.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/dl/s0807-6c.pdf,(参照日2015年8月2日).

藪根敏和・岡田修一・山崎俊輔・永木耕介・出口達也(1997)柔道の原理に関する研究 −「精力善用・自他共栄」の意味と修行者の理解度について−.武道学研究,30(2):p.9-26.

脊柱矯正・鍼療法 ほんがわ治療院
171-0022 東京都豊島区南池袋 2-13-10 キャッスル小林3階
03-3988-3467 完全予約制
momiryouzi@hkg.odn.ne.jp