慈悲が自由と平等を完成させる

鍼灸マッサージの役割:共生からの考察

視覚障害者のおかれた厳しい状況

視覚障害者にとって介護予防は、大きな可能性を秘めた社会参加の場になるでしょう。それに加えて、鍼灸マッサージ師である視覚障害者と晴眼者が同じ業を営む仲間として、協力して介護予防に寄与できるなら、健康を通して高齢者・障害者・健常者が共に生きる理想を体現することになります。これは鍼灸マッサージの特色ある、高齢社会における何よりの貢献になるのではないでしょうか。けれども、鍼灸マッサージ業における視覚障害者の職業環境は厳しい状況にあります。

視覚障害者の職域と思われてきた鍼灸マッサージ業だが、平成24年末の就業者数における視覚障害者の割合は、あん摩マッサージ指圧師23.5%、はり師14.8%、きゅう師14.3%となっています(厚生労働省,2014b)。あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律 第19条では、「視覚障害者であるあん摩マツサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、…視覚障害者以外の者を教育し、又は養成する」あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設の「認定又はその生徒の定員の増加について…承認をしないことができる」としています(厚生法規研究会,1953a)。そして、厚生労働省(2014a)は「現時点の見解としては、当該あん摩マッサージ指圧師にかかる養成施設を設置することは、…視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持を著しく困難とするため、全会一致で、望ましくないとの結論となった」と、晴眼者への規制の継続を公表しています。


特別な配慮も、もはや限界に

マッサージ業の職域保護は、視覚障害者が望むにふさわしい社会参加を実現するための挑戦に、晴眼者と同じ条件になるための特別な配慮です。しかしながら、この法律による配慮は、晴眼者にとってマッサージという職業を選択する自由を制限するものとなります。そして、業界内の過当競争が防止されたとしても、外に視点を移せば、晴眼者の職業選択の自由を規制することが、マッサージ師である視覚障害者の生計維持に、どれほど有効かは疑問です。

マッサージ師には、介護保険制度のなかで機能訓練指導員として、高齢者が「日常生活を営むのに必要な機能の減退を防止するための訓練を行う能力を有する者」と認められています(厚生法規研究会,1953b)。時任(2008)は視覚障害者の就労について、平成12年介護保険制度発足に当たり、介護福祉施設内の機能訓練指導員が、マッサージ師免許をもつ盲学校等卒業者の有力な就職先になっていたといいます。けれども、平成17年4月1日よりの制度改訂で、機能訓練指導員がおこなう一連の作業は、「まるで視覚障害者を締め出す為の改訂」と感じられる程、著しく困難になったと報告しています。


時流にそぐわず、軋轢となり

鍼灸師を教育する学校養成施設について、「学校数の増加は現代の社会実情を反映した現象であるとも言える」(箕輪・形井,2006)。ただし、「鍼灸の供給量の増加が需要の拡大に必ずしも寄与し得ていない現状と、供給過多に陥りつつある鍼灸市場の姿」からみて、「鍼灸市場の活性化に向けた効果的な方略を早急に打ち立てなければならない」(藤井・矢野,2013)。鍼灸は、市場の一つとして介護予防に期待を寄せています。けれども、鍼灸は介護保険制度のなかで機能訓練指導員の資格要件のなかに組み入れられていません(厚生法規研究会,1953c)。

日本鍼灸師会には、機能訓練指導員の資格要件に鍼灸師も認めるよう働きかけるべきとの要望があります(後藤ほか,2000)。ところが、晴眼者が鍼灸師として虚弱高齢者の機能訓練を担えるよう努力するほど、その活動は視覚障害者がマッサージ師として果たしてきた役割を侵害することになります。介護予防における機能訓練は、マッサージ師である視覚障害者と鍼灸師である晴眼者の間で、マッサージ業をめぐる軋轢を深刻化する可能性があります。このような内情を抱えた鍼灸マッサージでは、介護予防という貢献の機会を得て、責任ある活躍を成すことは難しいと思われます。


自然ではない配慮ゆえに

ルソー(1990)は、「人々のあいだにある契約による平等は、自然の平等とはまったくちがったもので、それは実定法を、つまり政府と法律を必要ならしめる」といいます。視覚の障害をそのままにしておくと、平等であるはずの人間に優劣が生じてしまうから、法律で晴眼者の自由を制限して視覚障害者との平等を担保していると解釈できます。あなたと私に優劣をつくらない配慮は、人を慈しむ心が無意識にまで高められたときの自然な振る舞いといえます。この人間として対等な慈悲を根本とするはずの配慮が、作為的で不自然であるから種々の軋轢が生じるのかもしれません。

仲間を遠ざけ、頑なに既得権に閉じこもり、ひたすら守り抜こうとするマッサージ師免許に、高齢社会への明るい展望を引き寄せる力はあるでしょうか。マッサージ業が視覚障害者の職域であるという認識が残されている今だからこそ、十分な配慮を加えて、マッサージ業の自然な広がりを規制している法律は改正されるべきではないでしょうか。そして、鍼灸・マッサージの各療法がもつ効能を束ね、視覚障害者と晴眼者の垣根を越えて一致協力し、業界が一丸となり高齢社会での発展を目指すときでしょう。


仏教の慈悲を道標に、協力して発展を

人間として対等な慈悲は、社会参加を是とする介護予防だけでなく、鍼灸マッサージにおける視覚障害者と晴眼者にも大きな課題となります。マッサージ業をめぐる視覚障害者の職域保護の平等と晴眼者の職業選択の自由を対立させる軋轢の根には、慈悲の欠如があるのかもしれません。自他に区別のない慈悲があればこそ、人間として束縛のない自由と完全な平等が完成されるものと思い見ます。

視覚障害者と晴眼者の協力関係を構築するために、また、介護予防として増加する虚弱高齢者の身体機能の維持・増進に尽力するために、さらには、高齢社会の健康を通して高齢者・障害者・健常者が共に生きる理想を実現するためにも、仏教の慈悲を道標として鍼灸マッサージのなかに取り戻すべきではないでしょうか。


藤井亮輔・矢野忠(2013)鍼灸療法の受療率に関する調査研究-鍼灸の単独療法と按摩・マッサージ・指圧を含む複合療法(三療)との比較-.明治国際医療大学誌,8:p.1-12.

後藤修司・佐藤陽次郎・Harold R. Hunter(2000)鍼灸が国民医療たる要件とは.全日本鍼灸学会誌,50(1):p.3-8.

厚生法規研究会(1953a)厚生法規総覧13,あん摩マツサージ指圧師,はり師,きゆう師等に関する法律,第19条.中央法規出版,p.5026.

厚生法規研究会(1953b)厚生法規総覧34,指定サービス等の人員,設備及び運営に関する基準について,機能訓練指導員.中央法規出版,p.3561.

厚生労働省(2014a)2014年9月5日 医道審議会あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師及び柔道整復師分科会議事要旨.http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000057808.html,(参照日2015年8月2日).

厚生労働省(2014b)平成24年度 衛生行政報告例,就業あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師,目が見える者-目が見えない者別;柔道整復師数及び率(人口10万対).厚生労働統計協会,p.418-419.

箕輪政博・形井 秀一(2006)あん摩マツサージ指圧師,はり師,きゆう師学校養成施設の変遷と現状 特にその創立期に着目して.全日本鍼灸学会雑誌,56(4):p.644-655.

ルソー:今野一雄訳(1990)エミール 上(43)岩波書店,p.335.

時任基清(2008)国連障害者権利条約による雇用問題について…視覚障害者の立場から…,第4回労働・雇用分野における障害者権利条約への対応に関する研究会資料.厚生労働省.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/dl/s0807-6c.pdf,(参照日2015年8月2日).

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