理療に従事する視覚障害者

鍼灸マッサージの役割:共生からの考察

介護予防の難題と解決の糸口

慈悲は、「日本では『いつくしみ』『あわれみ』『なさけ』などと解釈され」ています(中村,2012,p.131)。しかしながら、慈悲は単なる上からのお恵みや施しではなく、対等に生きるための双方向の配慮でしょう。他人の痛みをあわれみ、我が事のように手を差し伸べる人になることは、人間としての成長です。さりとて、望ましい生き方をしているから、人は手を差し伸べてくれるのではないでしょうか。「慈悲を実践するということは、極めて困難な課題である」(中村,2012,p.192)。けれども、慈悲を受けて生きることは、それ以上に困難な課題になるのかもしれません。

介護予防サービスに従事する者にとって、虚弱高齢者の自主性を喚起するための慈悲という老いへの配慮は、難しい問題でしょう。それにも増して、サービスという配慮を受ける高齢者にとって、おごらず卑屈にならず対等に慈悲を受けることは、難事になると予期されます。人間として対等な慈悲は、加齢変化に抗する介護予防に与えられた大きな課題だといえます。この課題に、古くより視覚障害者の職業自立に役割を果たしてきた鍼灸マッサージは、一つの解答を示すことができると考えます。


視覚の喪失を克服して得た能力

「視覚障害者は室町時代以来、伝統的に、あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう(あはき)を生業として」います(時任,2008)。けれども、「全盲生などは理療以外の進路はほとんどないというという進路の狭さから暗い気持ちや絶望感におそわれる危険性が多分にある」(小林,1995,p.204)。ところが、視力の減退による精神的な不安、家庭的な問題、社会的な可能性を狭めるなどの「障壁にぶつかった時、その個人の性格、ものの見方、人生観などにも大きな変化のみられることが多い」といいます(小林,1995,p.246)。この大きな変化は、仏教にある「病のもつマイナスの属性を肯定した上で、それをプラスに転化させる」(新村,1995,p.67)喪失体験への解釈と共通しています。視覚障害者は「望ましい障害観をしっかりと確立させる」(小林,1995,p.204)ことを通して、仏教と同様の理解に触れてきたと思われます。

形井は東京都文京盲学校教諭の栗原を「触覚を臨床ベースに置く栗原先生は、実は、言語をベースに置いて臨床を行っている」と評価しています(形井・栗原,2008)。鍼灸マッサージ療法では、主に標的とする痛み・コリ・経絡・ツボなど、目に見えない現象を触れるだけで言い当てることはしません。触診の前には、必ず問診をおこないます。病態を推察するヒントを患者から引き出しながら、その内容を分析することで、始めて正確な触診が可能になります。望ましい障害観がみせる患者の病苦への共感的態度に加えて、言語による病態の分析、コミュニケーション能力が鋭いゆえに、触診が優れてくるのでしょう。


鍼灸マッサージ師である視覚障害者の可能性

「高齢化により視覚障害のある高齢者の増加が懸念される」なか、「視覚障害にともない転倒の増加や外出の減少、ADL低下、鬱状態などによる慢性的に低いQOLでの生活状況になる」ことが危ぶまれます(高田ほか,2013)。転倒は外傷や骨折によって寝たきりを引き起こすだけでなく、「転倒経験そのものがその後の本人の自信喪失や歩行時の不安などにより日常の生活性が低下したり活動範囲の制限を生じたりしやすく」なります(吉田ほか,2006)。「生活の活動空間がほぼ家の中のみへと狭小化することで活動性が低下し、その結果、廃用症候群を発生させ、さらに心身両面の活動力を失っていく結果、寝たきりに進行するという考え方」が示されています(厚生労働省,2012,p.97)。

磯ほか(2009)は、「高齢社会に応じた鍼灸師育成を目的」に、盲学校理療科教育課程の臨床理療学に介護予防を導入した試みを紹介しています。視覚障害と関係が深い鍼灸マッサージが介護予防に寄与するなら、視覚の障害による要介護リスクを軽減する役割を率先して担うべきでしょう。鍼灸マッサージ師である視覚障害者が介護予防サービスに従事するなら、障害と格闘してきた経験をもって虚弱高齢者の心情に寄り添い、勇気と自主性を喚起する言葉と態度を示すなかで、支援をおこなう立場と支援を受けた立場から、人間として対等な慈悲を実践していくのではないでしょうか。


磯勇雄・栗山龍太・原田美由貴・保科美佐子・吉木功(2009)盲学校理療科教育課程に介護予防を取り入れた試み-高齢社会に応じた鍼灸師育成について-.全日本鍼灸学会雑誌,59(3):p.343.

形井秀一・栗原勝美(2008)触れる 語る.医道の日本,781:p.135-145.

小林一弘(1995)視覚障害者教育の実際.あずさ書店.

厚生労働省(2012)介護予防マニュアル改訂版.http://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1_1.pdf,(参照日2015年8月2日).

中村元(2012)慈悲(4)講談社.

高田明子・大島千帆・下垣光(2013)視覚障害のある在宅高齢者への支援の現状と課題 東京近郊の地域包括支援センター職員へのヒアリング調査から.社会事業研究,52:p.45-48.

時任基清(2008)国連障害者権利条約による雇用問題について…視覚障害者の立場から…,第4回労働・雇用分野における障害者権利条約への対応に関する研究会資料.厚生労働省.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/dl/s0807-6c.pdf,(参照日2015年8月2日).

吉田英世・金憲経・島田裕之(2006)老研式転倒予防プログラムマニュアル.鈴木隆雄・大渕修一監,指導者のための 介護予防完全マニュアル 包括的なプラン作成のために(4)東京都高齢者研究・福祉振興財団,p.57.

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