老いを肯定すること

鍼灸マッサージの役割:共生からの考察

健康への希望を必要とする人は

我が国では高齢化の進行に伴い、「介護保険制度における要介護者又は要支援者と認定された人」が増加しています(内閣府,2014)。そのなかで、「要支援と要介護1に当たる比較的軽度な支援を必要とする人たちが急増していることに」対応するためには、「介護保険を利用する以前の虚弱高齢者に介護予防の介入を加えることが最も効果的である」(大渕・小島,2005)とされます。

「介護予防の対象となる高齢者は、すでに心身の機能や生活機能の低下を経験しており、しかも『自分の機能が改善するはずはない』といった誤解やあきらめを抱いている者、うつ状態などのために意欲が低下している者も少なくない」(厚生労働省,2012,p.1)といいます。虚弱高齢者が年齢を理由にあきらめ、意欲を低下させ、自立した生活への希望を失ったまま生きることは不幸です。介護保険を利用する以前の一次予防や二次予防だけでなく、介護給付を受けるに至った高齢者にこそ、要介護状態の改善や重度化の防止といった三次予防による健康への希望が不可欠になるのではないでしょうか。


人間に内在する2つの老い

老いには、加齢による衰退・喪失を努力により否定できる老いがあります。その一方で、老病死は自然の摂理であり、加齢変化を宿命として否定できない老いもあります。キューブラー=ロス(1995,p.20)は、「人が自分の家で平和と威厳のうちに死ぬことを許された日々は遠い過去のもの」となり、「科学が進めば進むほど、死の現実を恐れ、否認する傾向が強くなる」と論じています。我が国では三世代世帯は、全世帯の7.4%となっています(厚生労働省,2013a)。また、自宅で死を迎える人は死亡総数の12.5%です(厚生労働省,2013b)。現在の若い世代は、まるで老いや死から隔離されるように暮らすなかで、加齢による衰退・喪失を受容する体験の機会を失いつつあるのかもしれません。そのなかで、介護予防の成果が科学的に証明されるほど、宿命としての老いまで否認されることが憂慮されます。

否定できる老いと否定できない老いは、高齢者のなかで両天秤のように存在すると思われます。虚弱化が進行して生活機能が低下したときこそ、健康回復への希望を大きく持つ必要があります。けれども、健康長寿への願いを大きくするほど、逃れることができない老いへの理解も大きくしなければなりません。健康を妄執して加齢変化を拒否するだけでは、宿命としての老いを前にしたとき心の平衡が保てなくなります。しかしながら、否定できない老いと向き合い、加齢変化を肯定的に受容する理解が深まるほど、どれだけ身体機能が低下しても臆することなく社会のなかで、前向きな老年を最大限に謳歌することが可能になるのかもしれません。日野原(1999,p.11)は「老いること、今日一日を生きることは、死に近づくことである」としながら、「今日を精いっぱい、大切に、真摯に生きることがいちばん大切なことであり、それが、死をどう生きるか、死への挑戦ともなる」と語っています。


加齢変化の苦悩から人間愛を導く人文学は、必須

介護予防を啓発しながら高齢者の活力あふれる社会参加を支援するためにも、また、介護予防が宿命としての老いや死を前に空虚な理想で終わらないためにも、加齢による衰退・喪失を肯定して認める人文学は必須ではないでしょうか。

年齢とともに、いくつもの衰退・喪失を経験しながら、やがて家族や社会から支援を受ける機会が増えていきます。死んで自らの遺体を自ら始末できないように、最後は、全てを誰かに委ねることになります。老いを受容して前向きに生きるための新しい価値観は、社会の輪に繋がる道でなければなりません。けれども、たどり着いた社会の輪が、家族の義務や福祉の制度にとどまり、冷たく機械的で愛情のないものであるなら、その老年は幸福とはいえません。

老いがもつマイナスは、愉快なことでも願わしいことでもありません。また、宿命としての加齢変化は仕方がないことと、あきらめることや居直ることが、老いを受容することでもありません。老年の衰退・喪失を肯定して受け入れることは、その苦しみや悲しみを人間の愛情に転換することではないでしょうか。もしも介護予防が、加齢変化の苦悩から人間愛を導くことができないなら、求める社会参加は老化を否定することに終わり、ひいては虚弱高齢者への偏見や差別に結び付く恐れがあると思われます。


日野原重明(1999)死と,老いと,生と 日野原重明著作選集 下.中央法規出版.

厚生労働省(2012)介護予防マニュアル改訂版.http://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1_1.pdf,(参照日2015年8月2日).

厚生労働省(2013a)平成23年 国民生活基礎調査,世帯構造別,世帯類型別にみた世帯数及び平均世帯人員の年次推移.厚生労働統計協会,p.46.

厚生労働省(2013b)平成23年 人口動態統計 中巻,死亡数,性・死亡の場所・年齢(5歳階級)別.厚生労働統計協会,p.284-285.

キューブラー=ロス:川口正吉訳(1995)死ぬ瞬間 死にゆく人々との対話(92)読売新聞社.

内閣府(2014)平成26年版 高齢社会白書.日経印刷,p.23-24.

大渕修一・小島基永(2005)介護予防のまちづくり.鈴木隆雄・大渕修一監,(続)介護予防完全マニュアル(2)東京都高齢者研究・福祉振興財団,p.3-4.

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