“蚊帳の外”という現実

我が国では高齢化の進行に伴い、「介護保険制度における要介護者又は要支援者と認定された人」が増加しています(内閣府,2014)。そのなかで、「要支援と要介護1に当たる比較的軽度な支援を必要とする人たちが急増していることに」対応するためには、「介護保険を利用する以前の虚弱高齢者に介護予防の介入を加えることが最も効果的である」(大渕・小島,2005)とされます。

『黄帝内経素問』八正神明論篇 第二十六や司馬遷『史記』扁鵲倉公伝では、名医は自覚症状のない段階から発病を予測し、その予測に基づいて病の芽を摘み取り、未然に発生を防止するとあります。この未病を治すという理想は、介護予防に通じています。鍼灸マッサージ業界では、古来より病の予防を理想に掲げてきた伝統を生かせる好機と、介護予防に期待を寄せています。小川ほか(2006)は、介護予防について「鍼灸マッサージ師が飛躍する二度とないチャンス」だといいます。

鍼灸マッサージを取り巻く法制には、介護予防への期待を阻む矛盾が含まれています。マッサージ師は、介護保険制度のなかで機能訓練指導員として、高齢者が「日常生活を営むのに必要な機能の減退を防止するための訓練を行う能力を有する者」と認められています(厚生法規研究会,1953b)。けれども鍼灸師は、機能訓練指導員資格のなかに組み入れられていません。また、マッサージ業は視覚障害者の職域として保護され、マッサージ師となる晴眼者の増加は法律により制限されています(厚生法規研究会,1953a)。

鍼灸師である晴眼者が、介護予防として虚弱化した高齢者の機能訓練を担えるよう努力するほど、その活動はマッサージ師である視覚障害者が果たしてきた役割を侵害することになります。マッサージ業をめぐる視覚障害者と晴眼者の軋轢は、介護予防を通して深刻化する可能性があります。このような内情を抱えた鍼灸マッサージが、増加する虚弱高齢者への対応に責任ある活躍を成すことは難しいと思われます。けれども、この問題を解決しようとする積極的な試みは、管見ではなされていません。

早稲田大学大学院にて介護予防を研究した際、鍼灸マッサージが高齢者医療福祉制度の蚊帳の外にあることを痛感しました。そして、この原因の根本として、鍼灸マッサージを取り巻く法制の矛盾を考えさせられました。鍼灸マッサージ師にとって、介護予防が飛躍するチャンスとなるには、法制を凌駕するような、人間としての新たな価値観を見出す必要があるのかもしれません。

けれども、そのような難題を解決しようと思索にふけってみても、施術の技能が向上するわけでも、所得が増えるわけでもありません。うちの奥さんには「バカじゃない~」と軽くあしらわれます。ただ誤解を恐れずにいえば、今のマッサージ業をめぐる視覚障害者の職域保護・晴眼者の参入制限という施策一辺倒では、減反政策の末路のように鍼灸マッサージ業全体を縮小・衰退させるだけで、視覚障害者にも晴眼者にとっても、高齢社会への明るい展望は開けないように思われてしかたありません。


厚生法規研究会(1953a)厚生法規総覧13,あん摩マツサージ指圧師,はり師,きゆう師等に関する法律,第19条.中央法規出版,p.5026.

厚生法規研究会(1953b)厚生法規総覧34,指定サービス等の人員,設備及び運営に関する基準について,機能訓練指導員.中央法規出版,p.3561.

黄帝内経素問:藤山和子訳(1993)八正神明論篇 第二十六.石田秀実監訳,現代語訳 黄帝内経素問 上巻(3)東洋学術出版社,p.435-437.

内閣府(2014)平成26年版 高齢社会白書.日経印刷,p.23-24.

小川眞悟・藤林克仁・高田常雄・吉村春生(2006)介護予防の時代が来る!鍼灸マッサージ師が介護予防にどう関わるか.医道の日本,748:p.11-20.

大渕修一・小島基永(2005)介護予防のまちづくり.鈴木隆雄・大渕修一監,(続)介護予防完全マニュアル(2)東京都高齢者研究・福祉振興財団,p.3-4.

司馬遷:小竹史夫・小竹武雄訳(1995)史記 7 列伝三.筑摩書房,p.77-80.