鍼灸マッサージの役割と課題:共生からの考察

高齢化の進行に伴い、比較的軽度な支援を必要とする虚弱高齢者が急増しています。そのなかで、介護予防の効果が評価されています。

この介護予防は、予防を重視する点において、「未病を治す」ことを掲げる中国古代医学思想の正統派と共通します。

健康長寿を得て社会のなかで闊達に暮らす老人像は理想です。しかし老病死も、また自然の摂理です。

人生の終末に、あきらめと失望で終わるような理想を一つ掲げて、我が国の鍼灸マッサージ療法が、約1500年にわたり継承されるはずがありません。中国より伝来した医学には、健康長寿を理想とする価値観とは、別の価値観が存在していたのではないでしょうか。

鍼灸按摩は、奈良時代に中国より伝来した療法として、予防を重視した健康支援を担ってきた伝統があります。その一方で、江戸時代より視覚障害者の職業自立を担ってきた伝統もあります。この2つの異なる役割を長年にわたり果たしてきたところに、他の医療にはない鍼灸マッサージの特異性があると考えます。

中国唐代の医者である孫思邈において、「仏の衆生をあわれむ『大慈』の心と、『仁の端なり』と孟子が解する『惻隠』の心が医師の職業倫理の基本にすえられ」、「後世においては、それらは『医は仁術なり』の言葉に集約され」たといいます(新村,1995,p.36-37)。この慈仁という人間愛は、誰もが区別なく健康的に、共に生きる社会を支える力の源として、鍼灸マッサージの役割を古くより支えてきたのかもしれません。

介護予防という高齢社会の健康を通して、共生の理想を実現していくことにこそ、健康長寿とは別の価値観を垣間見ることができると期待します。そして、鍼灸マッサージを業とする視覚障害者と晴眼者が協力して介護予防に寄与する姿は、高齢者・障害者・健常者が共に生きる模範を体現するものと思われます。これこそ他にマネができない、高齢社会における何よりの貢献になるのではないでしょうか。

小さな治療院にこもり一人で思考を巡らせていても、了見が狭く偏った研究になるかもしれません。そこで、日頃より思案することを列記してみました。医療倫理・哲学について、広くご意見を拝聴できればと存じます。とくに、視覚障害者教育・鍼灸マッサージ(理療)教育に携わっておられる皆様へ、介護予防に関する情報を頂戴いたしたくお願い申し上げます。

目的:鍼灸マッサージ師である視覚障害者と晴眼者が、介護予防に寄与するための在り方について、検討する手掛かりを提示しました。

方法:加齢変化に抗して高齢者の社会参加を願う介護予防の課題、および視覚障害者と晴眼者の連携を妨げる根本を明らかにしました。そして、問題を解決するための糸口を仏教の慈悲、武士道の仁、自他共栄に求めました。

結果:視覚障害者と晴眼者が連携して介護予防に寄与するために、仏教の慈悲は良き道標となりました。仏教の慈悲は難解ですが、武士道の仁と観念は類似していました。武士道の仁には、仏教の慈悲からみて弱点がありました。その弱点は、自他共栄により補完される可能性がありました。自他共栄により補完された武士道の仁は、鍼灸マッサージに仏教の慈悲を取り戻すための学びの入り口になると期待されました。

結論:鍼灸マッサージを業とする視覚障害者と晴眼者は、仏教の慈悲を取り戻すことで、自他の垣根を越えて共生の絆を結ぶことができると考察しました。慈悲を鎹とした共生の絆は、鍼灸マッサージが介護予防という貢献の機会を得て、飛躍していくための鍵であると思われました。

キーワード:喪失体験,仏教,慈悲,仁,自他共栄


新村拓(1995)死と病と看護の社会史(4)法政大学出版局.