新たな神経細胞間のネットワーク形成を支援する治療刺激を


Health lounge

音楽家のジストニアについて、その8


2017-02-09


ジストニアに罹患した演奏家として中野(2015)は、演奏家のジストニアという症状を「長年にわたる『身体的な学習』が過ぎて、頭・手・耳の連携に狂いが生じている事が問題の発端であり、加えて不随意運動を抑えるための余分な動作をも身体は学習してしまっている」と分析して、「再構築」という考え方を述べています。

中野(2015)によれば、「フォーカル・ジストニアを直接の原因とするものと、リカバーを繰り返した事による『癖』とが絡み合った『複雑系』の問題であるが故に、身体の連携を見直さない限り、症状の改善は見込めない」。よって、「脳と身体の連携、頭と手指とのやり取りを『作り直す』と考えることが、非常な回り道のように見えて、実はいちばんの近道である」というのです。

脳の機能と構造は変化する

「楽器演奏という特定の動作時にのみジストニア症状が出現する動作特異的局所ジストニア」は、「特定動作の繰り返し運動が、脳の可塑性を改変させてジストニア症状の出現へと至る」ものと示唆されます(野中ほか,2018)。

可塑性とは、物体に力を加えて形を変えたとき、力を取り除いても変形がそのままで、もとに戻らない性質のことです。対義語として、力を取り除いたとき変形がもとにもどる性質は、弾性といいます。

可塑性は記憶や学習など、高次の神経機能が営まれるための基盤となっている働きです。けれども、神経系は外界の刺激などによって、常に機能や構造に変化を起こしており、記憶や学習が更新されています。

「我々は絶えず新たな環境に遭遇しており、脳の中では絶えず新しい神経回路網が形成され、必要のなくなった神経同路の機能は失われていく」という活動が繰り返されています。この「新しい経験を経て、神経細胞の活動が変化し、新たな神経細胞間のネットワークが形成され、そのネットワークの機能が変化すること」を神経可塑性といいます(高草木,2010)。

重力を利用して力を抜いた演奏

古屋(2011)は、ピアニストとピアノ初心者の打鍵動作を比較して、「より大きな音量の音を鳴らすために、初心者は上腕三頭筋をより強く収縮させていたのに対して、ヒアニストは上腕二頭筋をより多く弛緩させていた」といいます。その理由として「音量の調節を、初心者は発揮する筋力の大きさを変えることによって、ピアニストは利用する重力の大きさを変えることによって行っている」と示唆しています。また、「重力を利用するために筋を弛緩するためにはより複雑な脳の情報処理が必要であるため、初心者は筋力を発揮する方略を好んで用いている可能性も考えられる」としています。

手指に過度の筋力を発揮させる演奏を繰り返すことは、脳の可塑性を改変させてジストニア症状を出現させる特定動作となり得るでしょう。そして、脳と身体の連携、頭と手指とのやり取りの再構築とは、楽器を奏でる手指や腕の筋力に過度な依存をしない、重力を利用して無理なく演奏するような筋の弛緩を、身体的に再学習させることかもしれません。

再学習を促す施術を遠隔から

長年にわたる身体的な学習が過ぎて、脳の可塑性を改変させた因子を見極め、身体的な学習の再構築をはかることは、新たな神経細胞間のネットワークを形成することといえます。それがジストニアを克服する近道といえども、古い脳を捨て去り、新しい機能や構造を獲得した脳を作ることは、とくに長いキャリアを積み重ねて形成された脳ほど、はるか遠い道のりのように感じられます。

その遠い道のりを歩む患者さんへの治療刺激は、ジストニアの罹患筋だけでなく、負荷を分散して無理なく演奏できるように、罹患筋の働きを離れた部位より支援している筋肉にも施すべきでしょう。全体の調和を整えるように治療刺激を施してゆくことは、当治療院がおこなっている療法の得意とするところです。その施術によって、脳と身体の連携、頭と手指とのやり取りを作り直す過程を、できるだけ楽に、できるだけ近道になるようお手伝いができれば、施術者として嬉しく存じます。

とくに肩甲骨の動きに注目

音楽家のジストニアは治せる障害だとする『どうして弾けなくなるの?』では、複数の動作の再訓練の結果を連鎖させる戦略として、バランスのとれた体位を楽器練習にうまく適応させる訓練を紹介しています。そのなかで、肩甲骨を安定させる筋肉を強化することに集中することを述べています(p.169)。

鎖骨−肩関節−肩甲骨(上肢帯)は、協調して働いています。また、姿勢の歪みを測る目安として、肩甲骨の左右差は重視されます。当治療院においても、胸郭出口部および肩甲骨の可動性を高める運動操作を十分におこないます。

最後には罹患筋へのストレッチ

脳・延髄に近い上部頸椎より順に、胸郭出口部、上肢帯、腕と過緊張をゆるめます。そして最後に、ジストニアに罹患した筋肉を特定し、その筋肉だけに押圧刺激を加えながら、ジストニアの患指にストレッチを加えていきます。この手技には、症状の軽減のみならず、心理的にも良い効果があるようです。

たとえば、患者さんと一緒になってジストニア症状を呈する患指、随伴して屈曲している指、代償的に伸展している指を特定してゆくことは、施術者はもとより、患者さん自身が症状を理解することにもつながるようです。そして、改善すべき目的が明確になることで、早急な効果のみえないリハビリテーションを継続していく希望にも転化されるようです。


古屋晋一(2011)楽器演奏のパフォーマンスを阻害する筋収縮.バイオメカニズム学会誌,35(3):p.168-175.

ジャウメ ロセー イ リョベー・シルビア ファブレガス イ モラス 編・平孝臣・堀内正浩 監・NPO法人ジ ストニア友の会 訳(2013)どうして弾けなくなるの?〈音楽家のジストニア〉の正しい知識のために.音楽之友社.

中野研也(2015)演奏家のジストニアの実践的対処法に関する考察:演奏者の視点から.仁愛大学研究紀要 人間生活部篇,7:p.117-125.

野中拓・堀澤士朗・平孝臣・田村徳子・林基弘・川俣貴一 (2018)音楽家ジストニアに対してガンマナイフ視床腹吻側核凝固術(Vo‒thalamot- omy)にて長期的改善を示した1例.脳神経外科ジャーナル,27(3):p.222-226.

高草木薫(2010)脳の可塑性と理学療法.理学療法学,37(8):p.575-582.



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