ジストニアの研究報告にみる鍼治療の有用性と治療院の課題


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音楽家のジストニアについて、その5


2017-02-09


音楽家にみられる局所性ジストニアは、「主に演奏時にのみ、ピアニストや弦楽器奏者の手指の筋、あるいは管楽器奏者の唇周りの筋を不随意に収縮させる難治性の疾患」のことです(古屋,2011)。この病気は、字を書こうとするときだけ、自身の意思に反して手指に力が入ってしまい、書字が困難になる書痙と同じ運動異常症の一種といわれています(旭ほか,2011)。

楽器を演奏するという同一の動作を繰り返すなかで、脳内で演奏行動を制御している神経伝達回路に促通経路が形成され、これか演奏という動作によって発振してしまう結果、ジストニアという筋緊張が生じるとされます。

促通とは、神経系に複数の刺激を加えると、その効果が単独の刺激の効果の和よりも大きくなる現象のことです。これは、「ちょうどスピーカーとマイクとを近づけるとハウリングを起こしてしまうようなものである。したがって、この促通をきたしている経路を遮断することで、治療効果を得ようとする」療法もあります(平・堀,2004)。

脳神経外科的疾患に鍼療法の効果

ジストニアには、「大脳基底核の機能異常、皮質運動野・基底核・視床ループの過興奮、広範な感覚系の機能異常などが存在する」ことが明らかにされています(平・堀,2004)。そして、「ジストニアは一般に対症的に対処した場合でも、脳内機序が改善することがあり、末梢を含めた神経ループか発症に関与している」ことが示唆されます(平,2011)。

ジストニアの治療において第一の選択となるのは、ボツリヌス菌が作りだす天然のたんぱく質を有効成分とする薬を筋肉に注射して、障害となっている痙縮の改善をはかるボツリヌス治療とされます。そのなかで、ジストニア患者への鍼治療の効果が、関西鍼灸大学(現、関西医療大学)から継続して報告されています。その研究成果により、鍼療法はジストニアに対する治療の選択肢として、筋感覚神経を注射でブロックするMAB療法(Muscle afferent block)や脳への手術療法と同様に第二選択に位置づけられているというのです(尾崎ほか,2004)。

ジストニアは、脳内だけでなく末梢神経にいたる広範な感覚系の機能異常が発症に関与しています。そのなかで、演奏の細やかな動作を制御している神経伝達回路に末梢から鍼刺激を入力することにより、ジストニアを発振させるルーティーンが崩され、脳内機序も改善するのかもしれません。

最初に試みられる対処法として

局所性ジストニアは、一般的には、内服治療やボツリヌス毒素治療が行われるが、限定的な効果にとどまることが多いといわれます。また、「音楽家ジストニアのような繊細な動作に関連する筋肉へのボツリヌス毒素の投与は、技術的に困難なだけでなく、かえってうまく指を動かしにくくなってしまう場合もあり」ます。このような音楽家の難治性局所性ジストニアに対して、視床腹吻側核凝固術という脳の手術が、長期的に良好な改善を得たという症例が報告されています(野中ほか,2018)。

「この20年ほどの神経科学の発展に伴い、もはやジストニアは決して不治の病ではなくなりつつあり、…その治療には脳神経外科が大きな役割を担う時代に入っている 」といいます(平・堀,2004)。ただし、最初に受ける治療から脳への手術療法が選択されることは少ないのではないでしょうか。

ジストニア患者について「西洋医学的観点から評価し判断された障害部位に対して、東洋医学的観点から構成した方法で鍼治療を実施して効果を認めた」研究報告がいくつもあります(尾崎ほか,2004)。音楽家のジストニアへの鍼治療は、最初に試みる治療法の一つとして価値があるものと思われます。

ジストニアをみる治療院の課題

『どうして弾けなくなるの?』には、連続した戦略として「ジストニアを患う音楽家のリハビリテーションは包括的、すなわち罹患部位のみでなく全身を、そして身体面と心理面の双方を考慮すべきである」としています(p.169)。これは、全身の状態をみる鍼治療にとって自信を与えるものです。

ただし、一方では「多くの報告において結果は臨床的な改善として示されているが、その改善はある動作を行えるという意味での改善であるか、あるいはもともと可能であった動作には相当しないような実験における改善であって、ジストニアの完全な正常化あるいは患者能力の100%の回復ではない」とも指摘しています。そして、「楽器を用いた実際の動作特異性を考慮した訓練なしにはジストニアを完全に正常化することはほとんど不可能だというのが私たちの見解である」と述べています(p.165)。

脊柱への操作・矯正を中心とする手技療法を業とする院長からみても、ジストニアにおける鍼治療に関する研究報告は、大いに施術の参考となります。けれども、鍼や手技療法などの物理的な治療刺激のみで、脳に取り込まれた間違いを完全に修正することは難しいものと考えます。

脳には、自ら再編し変容する能力があります。この神経系に備わる能力を最大限に利用して、新しい神経の再編プロセスをたどる神経リハビリテーションと協力していくことが、音楽家のジストニアをみる治療院の課題といえます。当治療院においても、神経内科学に関連するリハビリテーションの知識の技能を習得すべく心掛けていますが、楽器を用いた再訓練との協力がなされていないことが残念でなりません。


旭雄士・柴田孝・赤江豊・中嶋剛・平孝臣・浜田秀雄・田口芳治・林央周・桑山直也・遠藤俊郎(2011)書痙に対する視床凝固術:当院での手術経験.富山大医学会誌,2(1):p.25-27.

古屋晋一(2011)楽器演奏のパフォーマンスを阻害する筋収縮.バイオメカニズム学会誌,35(3):p.168-175.

ジャウメ ロセー イ リョベー・シルビア ファブレガス イ モラス 編・平孝臣・堀内正浩 監・NPO法人ジ ストニア友の会 訳(2013)どうして弾けなくなるの? 音楽家のジストニアの正しい知識のために.音楽之友社.

野中拓・堀澤士朗・平孝臣・田村徳子・林基弘・川俣貴一 (2018)音楽家ジストニアに対してガンマナイフ視床腹吻側核凝固術(Vo‒thalamot- omy)にて長期的改善を示した1例.脳神経外科ジャーナル,27(3):p.222-226.

尾崎昭弘・若山育郎・田中秀明・鈴木俊明・新原寿志(2004)ここまでわかった鍼灸医学:基礎と臨床との交流 筋疾患および筋機能・代謝における鍼灸の効果と現状.全日本鍼灸学会雑誌,54(5):p.698-716.

平孝臣(2011)ジストニアの治療の最前線.脳と発達,44(3):p.183-188.

平孝臣・堀智勝(2004)ジストニアに対する脳神経外科治療.脳神経外科ジャーナル,13(5):p. 353-362.



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